「第4期となる新たな教育振興基本計画」とは
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文部科学省幹部や中央教育審議会委員、教育長など教育界のキーパーソンに、今後の教育改革の行方と、算数・数学教育への期待を尋ねていきます。
政府重要会議の一つである内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI、議長・岸田文雄首相)が2022年6月にまとめた「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」が、中央教育審議会をはじめ文科省の議論に大きな影響を与えています。今回は、前内閣府科学技術・イノベーション推進事務局審議官で文化庁次長の合田哲雄さんにお話を伺いました。
――政策パッケージは、府省庁や文科省内の所管を超えて次期学習指導要領も含めた教育・人材育成政策の見取り図を描くという壮大なものです。どういう経緯だったのでしょうか。
内閣府へ出向する3か月前の2021年3月末に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画(21~25年度)は、初めて初等中等教育にも政策を広げました。2度にわたって初中局で学習指導要領改訂に携わるなどの経歴から言って、私が教育・人材育成ワーキンググループ(WG)を立ち上げから担当することになりました。
次期学習指導要領は、1人1台のGIGA端末が整備されたもとで初の改訂となります。しかも21年12月に閣議決定されたデジタル原則のもとでは、あらゆる行政サービスでサプライ(供給)サイドからデマンド(需要)サイドへの転換が求められます。内閣府は総合調整機能を持っていますから、府省庁間も含めた縦割りを乗り越え、子どもというデマンドサイドに立った改訂までのロードマップを示す必要がある……と、私によりも先に文科省から内閣府に出向していた島谷千春参事官補佐(現・石川県加賀市教育長)とも相談して考えたのです。
WGの中間まとめ(21年12月)を文科省側も真摯に受け止めてくれて、その受け皿として中教審初等中等教育分科会に「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会」の設置が決まりました(22年1月)。
――政策パッケージは▽子どもの特性を重視した学びの『時間』と『空間』の多様化▽探究・STEAM教育を社会全体で支えるエコシステムの確立▽「文理分断からの脱却・理数系の学びに関するジェンダーギャップの解消――の3本柱から成っています。
PISA(生徒の学習到達度調査)では比較的高い理数リテラシーを持つ女子が4割を占めるにもかかわらず、高校で理系を選択するのは16%、大学で理工農系に進学するのは5%にまで減っていきます。
保護者だけでなく教員にさえ「女子は数学が苦手」というバイアス(偏見)があるという指摘もあります。一方で、生成人工知能(AI)を理解するにもアルゴリズム(処理手順)という数学に関係する知識は不可欠です。先生方も「センスと美しさ」にばかりこだわらず(笑)、子どもたちに数学のおもしろさや社会で役立っていることを伝えてほしいですね。
――小学校35人学級の中にも平均で発達障害2.7人、特異な才能0.8人、不登校(不登含む)4.4人など多様性があることを1枚で示した政策パッケージの図は、中教審の場でもたびたび引用されています。
社会の縮図として、1つの教室のなかにダイバーシティー(多様性)があることが必要です。真ん中の子に合わせて一斉授業をしていればいいわけではありません。1人1台端末によって子ども自身が自分の特性や関心に合わせて学びを組み立てる条件がそろいましたし、朝から1つの教室に集まることだけが唯一の学びだという明治学制以来150年間続いてきた常識も新型コロナウイルス感染症により変容しつつあります。
中教審のいわゆる令和答申(21年1月)が打ち出した「個別最適な学びと協働的な学び」と、私の言葉で言えば1人ひとりの子どもの特性や関心に応じた個別性の高い学びと「共生の作法」としての基礎学力とのバランスをどう取るか、という議論を真正面から行い、学習指導要領の構造、教員免許法、教員の処遇改善、指導体制なども一体で改革していく必要があります。個人的には必要であれば学校教育法の在り方も検討すべきだと考えています。
――学校教育法を変えるとは、どういうことですか。
現在の学校教育法は実質「学校組織法」になっており、明らかにサプライサイドの発想です。個人差に向き合いながら個別性の高いカリキュラムにかじを切るため、学習指導要領もデマンドサイドに合わせた教育課程プログラムにすることが必要だ、と個人的に考えています。
ただし探究的な学びをしていくにも、教科との往還が不可欠です。先生に期待される仕事は、たとえば「数学ってこんなにおもしろいんだよ。こんなに役に立つんだよ」と教科を売り込む「セールスパーソン」になってくるのではないでしょうか。
――いま生成AIの問題が注目されています。次期改訂にも影響するのでしょうか。
生成AIは、われわれの社会生活を大きく変えるものになるでしょう。(現行学習指導要領の)17年改訂時には直前に「Alfa-GO」が登場して改訂の議論にも大きな影響を与えましたが、今回は(27年頃と見込まれる)改訂まで5~4年あります。生成AIが汎用化したとき、子どもたちにどういう力が必要で、どう育んでいくかを本質的に問う必要があるでしょう。
――17年改訂の理念はよくできている一方で、その趣旨が学校現場に十分届いていないという指摘もあります。
学習指導要領で表現できることには限界があるのも確かです。だからこそ学校を組織中心からプログラム中心に転換することが、趣旨を届けるためにも大切だと個人的に思います。
今はSNSでのやり取りやネット上の勉強会が盛んになっており、日本の伝統的な教科研究の蓄積がデジタルで花開こうとしているとも言えます。先生方には教科の専門家として、数学なら数学の見方・考え方をどう個別最適化して1人ひとりの子に届けるかを考えてもらえるとありがたいですね。
聞き手・渡辺敦司(教育ジャーナリスト)
文化庁次長
1970年生まれ、東京都出身。92年に文部省(当時)入省後、福岡県教委高校教育課長、教育課程課教育課程企画室長、NSF(全米科学財団)フェロー、高等教育局企画官、学術研究助成課長、教育課程課長、財務課長、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局審議官などを経て、2022年9月から現職。単著に『学習指導要領の読み方・活かし方』(教育開発研究所)、共著に『学校の未来はここから始まる』(同)、『探究モードへの挑戦』(人言洞)。
※所属・肩書は取材当時のものです。