先生のノート

子どもの個性を生かしながら、考える力を伸ばすには?子どもの学習能力を引き出す指導

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大学入試改革をはじめ、教育の刷新が図られている昨今、“指導のあり方”も大きく変化しつつあります。今回は、幼児や、偏差値35の子どもなど、家庭教師や学習塾での授業の場でさまざまな子どもに対する算数・数学の指導経験がある株式会社合格舎 代表取締役の時田啓光(ときた ひろみつ)さんに、令和の子どもに必要とされる教育についてお話をうかがいました。

算数・数学の指導の前に確認しておきたい“定義のズレ”

――時田さんは、いままでどのような子どもに対して算数・数学の学習指導をされてきたのでしょうか?

そうですね。現在は、大学受験を控えている高校生や浪人生がメインですが、幼児や小学生、中学生にも教えてきました。また、勉強が苦手な子どもだけでなく、ギフテッドの子どもに対する指導経験もあります。長期的かつ多面的な視点で子どもの成長を捉えられることが、私の強みだと考えています。

――多様な子どもに対する算数・数学の指導において、共通する課題はありますか?

“定義のズレ”だと思います。たとえば、「整数」といったときに子どもの多くが「自然数(正の整数)」をイメージしてしまい、問題が解けなかったり、答えを誤ったりしたんです。

 これって教える側が完璧に説明できたと思っていても、ことばの定義が曖昧なために、子どもにはまったく違う形で伝わっていたということなんですね。思い返せば私自身も学生時代に“定義のズレを感じたことがあったんです。たとえば、折り鶴を作る際、大人は正しい折り方を教えていたんだと思うんですが、私は正しい折り方で完成するイメージがまったくもてなかったために、自分でおもしろそうと思った折り方をしていたんですよね。

 自分が指導者になってはじめて、子どもと定義のズレがあるんだなとわかりました。こちらからしたら完璧な説明をしたぞって思っていても、子どもからしたら全然違うふうに考えていたりするんですよね。だからこそ、指導前は定義の確認から入るよう心がけています。

――定義の確認は、具体的にどのような方法で行っているのでしょうか?

先ほどの例でいうと、「負の整数もあることを忘れないように」と伝える方法もありますが、もっと効果的なのは、子どもに定義を説明してもらう「アクティブラーニング」です。たとえば、電車は何の力で動いているのかについて、子どもに説明してもらったことがあるのですが、理系でも「石炭」と答えるケースが見受けられました。教える側が「もうわかっているだろう」と思っていることも、意外とわかっていない場合もありますから。

 そこで、子ども自身に特定のテーマについて語ってもらうことで理解力や語彙力を測り、それぞれの子ども・集団のレベルに合ったことば選びや説明方法を日々学んでいくことが大切だと考えています。

学習の主役は1人ひとりの子ども。「教え過ぎない」指導で本物の学力が身につく


――いままでのお話から、「子ども自身が学ぶ」ことを意識されているように感じました。

実際、そのとおりですね。教える全量が1から10までだとすると、私が教えるのは最初の1、2の部分だけ。あとの3から10については、子ども自身で学んでもらうようにしています。

 このようなスタンスに切り替えたのは、私自身、完璧に教えようとして失敗した過去があったからです。熱意をもって張り切って教えているのに、子どもの成績は伸びない。もっとわかりやすく説明しようと試行錯誤を重ねたのですが、変化はありませんでした。

 原因を追究するなかでわかってきたのは、私が教え過ぎるあまり、子どもが自ら考える機会を奪っていたということ。子どもは、授業中こそ私の説明で理解したような気になるのですが、それが知らず知らずのうちに子どもを受け身にさせてしまい、自分の頭で考えられていないので、家で勉強するときには再現できなくなってしまうのです。いかに「1人で勉強している状態」に近づけられるかが、子どもの学力の伸びを左右するのだと痛感しました。

 そこで、ベースとなる必要最低限の定義や背景、知識、着眼点を教えたあとは、子どもに考えてもらうという現在のスタイルが生まれました。子どもが行き詰まったときには、「いま何を求められているのか」「求められているものに対して、どのような解法が有効か」「どうしてそれが有効だと思うのか」など、思考を深掘りできるような問いかけをします。このプロセスを踏むことで、どこに子どもがつまずいているかを理解でき、正しい考え方が身につくのです。

――偏差値35の子どもを東京大学に現役で合格させたとうかがいましたが、その際も子ども自身に学ばせるスタイルだったのでしょうか?

そのとおりです。彼の場合はとくに、自らの興味にひもづけて学習させるという方法を取りました。というのも彼は、各教科の定期テストには苦手意識があった一方、野球に関しては人一倍くわしかったので。

 そこでまずは、彼に野球についていろいろと話してもらい、その合間に私が「野球のボールの威力はどれくらいなのか」「もしそのボールが鉄球だったら、どれほどの威力になるのか」といった、数学や物理につながる質問を挟むようにしていったのです。このような指導法を続けた結果、子どものほうから「知りたい」という意欲をもって学習に取り組むようになりました。

――ギフテッドの子どもの場合はどうでしょうか。

そもそも、教えるというスタンスを取らないようにしています。「学ぶことが楽しい」タイプの子どもに対するアクションは「話題提供」。興味のありそうなトピックを提示し、すでにくわしい場合は説明してもらい、まだよく知らない場合には調べてもらいます。たとえば、算数で数列を学んでいた場合には、パイナップルや松ぼっくりなど自然界でも見られる「フィボナッチ数列」について書かれた記事などを見せるのです。知識を学ぶこと自体に興味をそそられるタイプなので、そのきっかけを与えることを重視しています。

 一方、「学びを深める」タイプの子どもに必要なのは、その学びを一般化するための問いかけ。特定のことがらに秀でていても、他の分野に応用できないことが多いので、「フィボナッチ数列を、飛行機の機体に使用するとしたらどうなるか」といった仮定の問いを与え、才能を多方面に広げられるようにサポートしています。

「自己表現と自己開示が当たりまえ」のZ世代との向き合い方


――子どもの特徴や授業の形態によって、さまざまなくふうをしているとのことですが、いわゆる「Z世代」に対するコミュニケーションで気をつけていることはありますか?

個別性の重視ですね。かつての教育現場では、教える側が「なんでも質問してね」というスタンスで構え、学習者全体からの相談を待っているという構図が多かったような気がします。ですが、いまは講師側が子どもの個別的な状況を把握し、それぞれにもっとも適した指導を行うことが求められています。私が集団指導で子どもごとにフィードバックを変えているのもそのためです。

 私は、すべての子どもの顔と名前を一致させた状態で初回の授業に臨み、各自の自己紹介を書き留めています。その後は折に触れて、それぞれの子どもの状況を想像しながら、具体的で感情のこもった問いかけをするのです。「最近どう?」ではなく、「こういうアーティストが好きだといっていたけど、最近はどんな曲を聴いているの?」といったふうに。するとその子どもは、「自分のことを知ってくれている」とうれしく思い、信頼を寄せてくれるようになります。

 もう1つ心がけているのは、私自身の自己開示。Z世代は、SNSが浸透した世界で育った影響もあるのか、「自分をさらけ出すのが当たりまえ」という価値観をもっているように感じます。友人と過ごす機会を逃さないためには、自分の位置情報を共有することもいとわないほど。相手に対しても同様に、よいことも悪いこともオープンにすることを求めているのが、Z世代の特徴といえます。

 だからこそ、私も自らの人生経験を引き合いに出して指導を進めるなど、パーソナルな部分を前面に押し出して子どもに向き合うようにしています。実際の体験をもとに話を進めると、子どもも自らの体験を俯瞰的に見る視点が身につくというメリットもあります。また、私自身が自己開示することで子どもと信頼関係を構築でき、子どもも素を出してくれるようになります。それが、子どもに応じた話し方や投げかける問いの難しさといった指導の「すり合わせ」につながっていくんですよね。

数学の学習により、人生の困難を打開するヒントが得られる


――ここからは、指導者に向けてのメッセージをいただきたいと思っています。まず、大学受験の環境が大きく変化するなかで、指導者はどのような指導をしていくべきだとお考えですか?

情報の全体像を素早くつかむ力と、必要な情報を早く探す力を鍛える指導だと考えています。

 いまの大学入試、とくに数学は情報量がとても多くなっていて、20年前のセンター試験と比べると、文章量に対して倍ぐらいになっているという印象です。たとえば、問題文に陸上の専門用語のようなものやそれに関連する数式が書いてあり、それを読み取ったうえで複数のデータを照らし合わせて解を導く、というのがいまの数学になっています。解答時間は変わっていないので、情報の全体像を素早くつかみ、必要な情報を早く探さなければいけません。それなので指導者は、従来行ってきたパターン学習だけを行うのではなく、大量の情報のなかから解答に必要なものをつかませる練習を実施することが大切だと思います。

――英語で求められるような力が数学でも必要になっているんですね。その他、これからの入試で求められるような力はありますか?

 仮説検定の力ですね。いままでの入試問題では、複数の選択肢のなかから正しい情報が入っているものを選択する力が求められていました。ですが、2025年ころからは、与えられている一部の情報から、将来どのような状態になるのかを答えさせる問題が出てきます。この仮説検定の力についても、日々の学習のなかで磨いていかなければいけませんね。

 ――最後に、大学入試で求められる力が変化している数学ですが、学んだことがどのように役立つのか、その意義について時田さんのお考えを聞かせてください。

 数学は、公式自体が直接役に立つことはありません。ただ、困難な課題に直面した際に、状況を打開するための考え方を養うことができると考えています。

 たとえば、人気のあるYouTuberはアナリティクスで動画の視聴率などを調査し、何が視聴者に求められているのかを分析したうえでコンテンツ制作を行い、成功をつかんでいます。その土台となっているのが数学の知識や考え方で、いまあげた例でいうと、仮説検定の力をもっているからこそ分析が可能になっているんです。

 このように、数学は日常生活やビジネスにおいて課題解決の手札となり得る力を秘めています。今日の子どもは、大学入試改革をはじめとする教育改革のなかにおり、日々の学習で苦労することも少なくないでしょう。なかには、思うような結果が出ず、学習の意義を見失いかける子どももいるかと思います。しかし、数学をはじめとする大学入試改革で新たに求められるようになった力というのは、グローバル化や少子高齢化など、大きな社会変動のなかを生き抜く力になります。指導者の方には、ぜひ“定義のすり合わせ”を通じて数学やそのの科目を学習する意義を子どもに伝えていただき、意欲的に学習できるようサポートしていただけたら幸いです。

<SAME取材班>


時田啓光
今回お話を伺ったのは…時田 啓光(ときた ひろみつ)さん

株式会社合格舎代表取締役。東大合格請負人。1986年山口県生まれ。京都大学大学院理学研究科修士課程(数学・数理解析専攻)修了。偏差値35の高校生を東京大学に現役で合格させ、他にも京都大学や国立大学医学部医学科など最難関大学に合格させた実績をもつ。メディア出演の他、全国の高等学校での講演活動、自治体の教育指導の監修など幅広く活躍している。

※所属・肩書は取材当時のものです。