子どもの個性を生かしながら、考える力を伸ばすには?子どもの学習能力を引き出す指導
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2020年度から実施されている小学校の学習指導要領によって、算数教育で求められる授業のあり方はどのように変化するのでしょうか。
今回は、算数教育の研究に長年携わってこられた、日本女子大学家政学部児童学科の羽中田 彩記子特任教授に、算数教育のこれからと実践していくべき指導方法について話をうかがいました。
――さっそくですが、まず先生がこれまで取り組んでこられた活動や現在についてお聞かせください。
羽中田:東京都公立小学校の教員を経て副校長や校長、統括校長を経験しました。その間、東京都教育委員会や東京都立教育研究所でも、算数教育の研究に関わってきました。
現在は日本女子大学家政学部児童学科に所属して、幼稚園と小学校の教員免許状取得をめざして教職課程を履修する学生への指導を行っています。算数科の指導方法や算数科概論とともに、教育実習の事前指導や生活指導なども担当しています。
――初任のときから算数の先生をされていたそうですが、学生時代から算数が得意だったのでしょうか?
羽中田:苦手意識はあまりなかったものの、得意でもなかったですね。子どもたちに教えることを通して算数が好きになりました。
初任の学校がたまたま算数の研究校で、算数の指導方法を研究する機会が多く、外部の研究会に参加するうちに、算数教育の楽しさを知り、算数をもっと知りたいと思うようになりました。「明日はどんな授業をやろうかな」「この授業ではどんなことを伝えればいいのだろう」と、算数の指導について考えることがとにかく楽しかったんです。当時は算数の授業を通して得られる子どもたちの反応や、子どもたちと一緒に授業を進めることにやりがいを感じていましたし、今でも当時の楽しさが、学生への指導での根幹となっています。
――今回改訂された学習指導要領の算数教育にあたって重要なポイントをお聞かせください。
羽中田:ポイントは2つあります。
1つめは、子ども同士の「対話的な」授業です。
算数教育でも、自分の考えを伝えることを重視しています。自らの考えを数学的な表現で簡潔明瞭明確にまとめ、そして、互いに説明し合い、話し合いの視点を明確にして議論する力を養うことが大切です。
2つめは、数学的活動の充実です。
正解を出すことを目的にするのではなく、計算式や図表の意味をとらえ、考えたことをわかりやすく説明して考えを共有し、より良い結果を見つけ、自らの思考過程を振り返って新たな疑問を見つけるという問題解決の過程を充実させていく必要があります。
たとえば速さの問題は、公式を覚えて問題が解けるようにするのではなく、「速さってどのように表されているかな? 速さって目で見えないのにどうして数値で表されるのかな?」という疑問を子どもに持たせることが重要です。そこから「速さは何に関係あるのかな? 速さって時速があるから時間に関係があるよね、時速何キロってことは道のりにも関係があるよね、だから時間と道のりで速さを表せそうだね」と、「速さ」に関係ある数量に気づかせる。
そして、見出した二量の関係から、「どうやって結果を導き出そうか? 距離、もしくは時間を一定にして速さを算出してみようか」と、何を使って解いていくのかを考えながら問題解決のアイデアを子ども自身が見出せるように促します。
この一連の過程を充実させ、さらに「どうやって日常生活に生かしていくのか?」を設定することが大切です。
つまり、数学的活動を充実させるためには、どんな考え方を大切にするべきかを明確にして、どうやってそれを際立たせていくか計画を立てて、活動の中身を精査していく必要があります。これが、授業づくりの基本です。
――先生が、授業づくりで意識されていることを教えてください。
羽中田:私は、授業づくりというのはドラマのシナリオをつくるようなものだと思っています。同じ内容を学ばせるにあたって、おもしろく学ばせるのか、それとも普通に学ばせて子どもたちにつまらないと思わせるのかは、授業のつくりかた、すなわち脚本にかかっています。その脚本づくりに命をかけるのが、教師の仕事だと思うのです。
――確かに、先生の教え方によってその教科をおもしろいと思うことも、つまらないと思うこともありますよね。先生流の、脚本のつくりかたを教えてください。
羽中田:私がもっとも大切だと考えているのは、学習内容の本質を捉えた教材研究です。
まず、どんな数学的な考え方を用いて問題解決していくのかをとらえ、その考え方にどんな良さがあるのかを徹底的に研究して、教材の本質をとらえることが大切です。
次に、その数学的な考え方をもとに「こういう感想を子どもに持たせたい」と、授業が終わった後の子どもがもつ感想を予想します。この感想をもたせるためには「どんな課題を投げかければよいのか」を考えます。つまり、授業の最後を設定して、授業の初めをつくるということです。「授業の着地点」をまず設定することが、良い授業をつくるポイントだと考えています。
そのうえで、子ども同士で議論する場を設けます。議論してみたいと思える葛藤をもたせます。これは「対話的」な指導ですね。
最後に、授業のまとめや感想を子ども自身の言葉で書かせます。先生が黒板にまとめを書いて授業を終えることは簡単ですが、子ども自身に自分の考えを書かせることで、学んだことに子どもなりの納得が得られます。また、子どもたちの授業の感想を知ることは、教師にとって自らの授業評価になります。子どもの感想という“評価”をコツコツと積み重ね続けることで、より良い授業の道筋が見えてくると思いますよ。
――小学校ではさまざまな教科を教えなければならず、苦労をする先生も多いかと思うのですが、算数が苦手な先生はどんな指導を意識するとよいでしょうか?
羽中田:私は、算数の得意不得意と算数指導の上手下手に相関はないと思っています。
むしろ、算数や数学が不得意だと思っている人は、子どもがつまずきそうなところがわかるのではないでしょうか。大学の授業でも、「子どものころ、ここがよくわからなかったんですよね」と言いながら授業内容を考えている学生は多いんですよ。そういった学生にくわしく聞いてみると、「数学のテストではそれなりの点数を取れていたけれど、好きではなかった」という人がすごく多い印象です。
小学校の算数では、九九を覚えるあたりから算数は面倒だと感じてやる気をなくしてしまう子どもが多くいます。「面倒なこともあるけれど、楽しいところもあるんだよ」ということを先生が伝えていかないと、子どもは算数が嫌いになってしまいます。算数の楽しさを伝えることを指導の中で大切にしていってほしいですね。
――算数指導の魅力はどんなところにあるとお考えですか?
羽中田:指導研究のなかで、「算数指導は、人間教育につながらなければならない」という言葉を聞いたことがあります。どの教科でも、その特性を生かせば人間教育になると思うのですが、算数の場合はとくに、知的好奇心を養えると思います。
日常のものを算数・数学的な視点で見てみると楽しいことってたくさんあると思うんです。たとえば、速さや温度は姿形もないのに数値化されていますよね。「速さ=道のり÷時間」というように、関係ある数量に関連づけて数値化されているという発見がある。この身近な発見から感じる楽しさを、子どもたちに伝えたいです。
また、議論できることも人間としてすごく大切なことだと思います。自分の考えを共有して対話することを通して、より良い考え方を見つけていくことを授業で経験してほしい。授業が終わった後に相手の良い部分を見つけてより良い関係構築していけるような、議論ができる子どもを育てたいですね。
――貴重なお話をありがとうございました。最後に、これからの算数教育で先生が大切にすべきことを教えてください。
羽中田:原点に立ち返って、算数の良さを伝えることです。日常の中の目に見えない量を数値化したり決まりを見つけたりして、「どうしてなんだろう?」と子どもなりの疑問を持つ。そしてわからなかったことがわかるようになり、「算数って楽しいな」と良さを実感してもらうことが大切だと思っています。
こういった算数の楽しさ、良さを追究していくことが人間性につながり、人生を豊かにするのではないでしょうか。
今回は、日本女子大学家政学部児童学科の羽中田 彩記子特任教授に算数教育にあたって大切なことと、これからの算数の指導方法についてお話しいただきました。
SAMEでは、今後も「新しい数学研究」をテーマにさまざまな記事をお届けしていきます。
<SAME取材班>
※所属・肩書は取材当時のものです。