先生のノート

数学に特異な才能のある子どもたちへの寄り添い方

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特定分野に特異な才能のある子どもたち。学問や芸術分野での活躍に注目が集まる存在でありながら、彼らの才能を伸ばす教育のあり方には課題が残るともいわれています。

今回は、そんな子どもたちとの共同研究に携わられている、学習院大学名誉教授の飯高 茂先生に、数学に特異な才能のある子どもと接するにあたっての思いや姿勢について話をうかがいました。

“数学に特異な才能のある”子どもたちとは?

飯高 茂先生

豊富な研究経験に照らしても信じがたい、“あり得ないこと”をやってのける子どもたち

――さっそくですが、先生の研究内容についてお聞かせください。

飯高:専門分野は代数幾何学です。ひじょうに長い歴史のある研究領域ですが、20世紀に入ってからさまざまな革新的ブレイクスルーが起きており、数学のなかでも発展の大きい最先端の分野ともいわれています。
1985年から学習院大学理学部数学科で教授をしてきましたが、2013年に退職。その後も「小中学生から大人まで多様な方々が、自ら数学研究を行える」ことをめざし、対面・オンラインを問わずさまざまな場で講義を行っています。

――先生は“数学に特異な才能のある”と呼ばれる、並はずれた才能を示す子どもとの共同研究も行われていますよね。この数学に特異な才能のある子どもたちは、具体的にどのような特徴を持っているのでしょうか?

飯高:彼らは、いわゆる「算数や数学ができる子ども」とはまったく異なります。

私の長い研究経験に照らしても「こんなことはあり得ないだろう」と思うようなことを、子どもたちがやってのけるのです。たとえば、親が壁に貼っておいた九九の表を見て、2歳のうちにすべて暗唱できるようになってしまったり、やがては高校数学で習う等比級数の公式の一部を自分で導いてしまったり。
また小学1年生で私の講義に参加して内容を理解し、的確な質問を投げかけてくれる方もいますし、現役高校生で私には考えつかなかったような研究内容を提示してくる方もいます。

数学に特異な才能のあるとひとくちに言っても才能のあり方は人によってさまざまですが、私の関わった子どものうち数名のプレゼンテーション能力にもひじょうに驚かされました。
ある小学5年生の少年に「一般向けにゼータ関数の入門講義をやってほしい」とお願いしたところ、大学数学の専門的な領域でありながら、ポイントをひじょうにうまくとらえて一般の方にも理解できるような解説をしてくれたのです。内容も完璧と言っていい、修正する必要のないものでしたし、説明のしかたも堂々たる申し分のないものでした。

講義だけでなく、高校生や大人に混じって研究発表を行っている小学生もいます。彼らはおそらく、自分の考えや研究内容をみなさんに発表することが楽しくてしかたがないのでしょう。私たち数学者も研究発表によって達成感や幸せを感じることがありますが、彼らはそれを小学生のうちから満喫している。信じがたいことですね。

子どもたちとの接し方で気をつけるべきこと

飯高 茂先生

彼らは自分で自分の道を切りひらける。大切なのはアドバイスすることではなく、よき理解者でいること

――先生はどのようなきっかけで、数学に特異な才能のある子どもと共同研究をされるようになったのですか?

飯高:1人は、小学1年生の時に出版社と提携した講座に参加してくれたのがきっかけです。大人ばかりが参加する講座で、いちばん前の席に座って彼1人が質問をしてきてくれたことがとても印象に残ったんです。その後も週に1回ほど私の講座に参加してくれて、以来交流を持つようになりました。

また、算数の学習塾を開いている知り合いからの紹介もあります。彼の学習塾に「子どもに数学を教えてほしい」というお母さんがいらっしゃって。彼は「いいですよ」と答えたものの、話を聞いてみるとその子どもが学びたいのは大学数学で扱う「複素解析」だったそうなんです。
そこから彼が「自分の手には負えそうにない」と私をその親子に紹介してくれたことをきっかけに、講義の場を通して交流が生まれ、徐々に距離が縮まっていきましたね。

――研究をとおして数学に特異な才能のある子どもたちと交流する中で、感じることについてお聞かせください。

飯高:本当にすごいな、というのがまず率直な思いです。高校生くらいならともかく、小学生がここまで数学の本質をとらえるなんてことは、なかなかできませんから。

ただ “生まれつき” だけではなく、彼らはしっかりと学習しているんです。インターネットで論文も読みますし、情報サイトから私の知らなかったような情報を見つけてくることもありました。「私もそのサイトを見ているけれど、そんなこと書いてあった?」と聞くと、彼らは日本語版より情報量が多い英語版で読んでいたんですよ。自動翻訳などを活用しながら、知識の幅を広げている姿には、やはり感心させられることが多いです。

そんな知的好奇心が旺盛で熱心な彼らが、私の姿を見つけると「先生!!」と喜んで手を振ってくれます。「自分の数学をちゃんとわかってくれる人に初めて出会えた」というような感情を見せてくれることは、私の大きな生きる喜びです。
定年を迎えてから、彼らのような子どもたちに出会える、こんなに幸せなことはないと感じています。

――数学に特異な才能のある子どもたちとの接し方において、心がけられていることなどはありますか?

飯高:彼らが自分で自分の道を切りひらく、その邪魔をしないということでしょうか。

彼らと接するなかで、「数学者を育てるために、何をすべきか」などを考えて接するつもりは、一切ありません。
数学をやりたければ、ステップバイステップで自分で勉強していくことが大切ですし、彼らはそのための計り知れない才能や意欲を持っています。「自分がどうすべきか」を自分で発見することも、できるんですよね。

なので、私としては「こうした方がいい」などと差し出がましいことを言うのではなく、彼らの将来をそばで見ていたいなと。彼らが充実感を持った人生を送り、将来幸せになれるように、もし必要とあれば助力をしたいというのがいちばんの思いです。

数学に特異な才能のある子どもたちを取り巻く、環境のあるべき姿

飯高 茂先生

過度なプレッシャーを感じることなく、本人たちが望む道を進めるように

――共に研究される子どもたちが成長した先で、将来にどのようなことを期待されますか?

飯高:彼らの幸せ以外には、まったく何にも期待していませんよ。この先、どうなるかわかりませんから。
他国ではかつて、国をあげて支援していた数学に特異な才能のある少年が大学に早期入学した後、研究をやめてしまったことが大きな失望につながったという例もあります。

そういった周囲からの期待や支援は、本人にとっては本当に大きなプレッシャーになってしまうでしょうし、辛い思いをさせることにつながりかねません。

――学校の先生方やご家族は、数学に特異な才能のある子どもたちの才能に気がついたとき、どのように寄り添っていけばよいのでしょうか?

飯高:ケースバイケースで対応することが必要なのだと思います。

ある小学生が学校に通う気持ちを維持できなくなった時に、親も無理に通学させることはせず、さらに教育委員会と校長先生の間で「これほど優秀な子どもで先のことまで自ら学習しているのなら、あえて小学校に来させることはない」と認められたことがありました。すごいことですよね。
その方は、その後も小学校に通わなかったハンデをものともせず難関私立中学校に問題なく合格し、今ではグローバルアカデミーで世界中の数学に特異な才能のある子どもたちとともに、英語の講義に一生懸命取り組んでいるそうです。

そういった子ども本人が希望する道を進めるような、柔軟な対応が広がっていくとよいですね。


今回は、学習院大学名誉教授の飯高 茂先生に、数学に特異な才能のある子どもたちとの関わりについてお話しいただきました。

SAMEでは、今後も「新しい数学研究」をテーマに様々な記事をお届けしていきます。

<SAME取材班>

※所属・肩書は取材当時のものです。