子どもの個性を生かしながら、考える力を伸ばすには?子どもの学習能力を引き出す指導
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現在、芝浦工業大学で教員養成に力を注ぐ牧下英世教授。筑波大学附属駒場中学・高等学校など、数々の学校で教壇に立ち、高校数学の教科書の編集委員も歴任した経験にもとづいて考えるこれからの算数・数学教育に必要な力とは。
――学習指導要領が改訂され、教え方についてもアップデートが求められるようになりました。具体的にどのような変化が見られますか。
新しい学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められていますので、数学においても、これを意識していく必要があります。教員が一方的に情報を与えて教えるのではなく、たとえるならば、先生の手のひらのなかで生徒たちにのびのびと学ばせる。これからの教育に必要なのは、そういう視点だと思います。こうした教育を進めるためには相応の教材も重要な要素です。それを用意しなければ、なかなか主体的で対話的で深い学びへの発展はないでしょう。また、教員の生徒たちへの発問の仕方も重要になります。
発問する際、生徒の身近に存在するものを題材にすることで、興味を持ちやすくなることがあります。たとえば、統計の授業でサッカーや野球に関連するデータの活用を生徒に投げかけるのも1つだと思います。最近のスポーツ業界ではふだんの練習でもデータを取得し、さまざまな視点からデータの分析がなされています。
勝敗についてもデータによる分析が行われています。データ解析は統計学に結びつきます。つまり、あるスポーツチームを運営する要の役割を統計学が担いはじめているということになります。サッカーならば、どのようにボールがパスされてゴールに至ったのかをクラスで考えてみてはどうでしょうか。
好きなチームのデータを活用して考えてみる授業にすれば、生徒の興味・関心とつながり、自発的に学ぶきっかけになるはずです。ゴールが決まるときの傾向が出た場合、生徒のなかには「なんでこうなるんだろう?」という疑問が生まれると思うのです。この疑問が生まれることが、数学の学習のはじまりかなと思います。そのときに、数学的視点を踏まえて情報の交通整理をしてあげる。そのような授業ができれば、主体的で対話的で深い学びにつながっていくのではないでしょうか。
――先生が実践された授業のなかで、生徒の反響が大きかった授業を教えてください。
「マッキー先生の算数教室」という小学生向けの講座を開催しているのですが、そのなかでは、教える側も学ぶことが多いです。児童の反響が大きかったという意味では、実際に手を動かして学ぶ立体工作の授業だと思います。正三角形に切り抜いた紙を使ってデルタ多面体(すべての面が正三角形のみの凸多面体)を作る授業をしているのですが、子どもたちが前のめりでやってくれました。こうした手を動かしながら学ぶことは、小学生だけでなく、中学生、高校生、大学生にも意義があります。
「正四面体と正八面体を合体させたら、何面体ができるでしょうか?」という問題も出しています。「4と8なので、合同な面で2個減り4+8-2=10(面体)かな?」と考えがちなのですが、実はそうではなくて、七面体ができるんです。合体させたときに真っ平らな面ができるのです。実際に正三角形に切り抜いた紙を使ってみると、とてもわかりやすいです。
多面体の性質を問う問題は、大学入試でも出題されることがあります。たとえば、2008年の東京大学の理系入試でも出題されています。
(1)正八面体のひとつの面を下にして水平な台の上に置く。この八面体を真上から見た図(平面図)を描け。
(2)略
小学生向けに行っている講座でも、中学生や高校生用の授業として応用できるということがわかります。
実は、私が数学好きになったきっかけも、手を動かす授業でした。小学校2年生のときの先生が、授業で紙を使ってサッカーボールを作るということをやらせてくれたんです。まず、紙に円を描き、その半径を使って円に内接する正六角形を描く。円をはさみで切り抜いて、正六角形の辺の部分を山折りにし、折ったところどうしをぺたぺたとのりで貼りつけるんです。すると、サッカーボールができあがる。これがとてもおもしろかったのです。〝おもしろかった〟ということは、こうして記憶に残っています。教師というのは子どもたちに“知の記憶”を残してあげられる可能性をたくさん秘めた職業だと思います。
――探究的な授業を行うには、教員側の授業力を高めることも重要になると思います。授業力を高めるための方法はありますか?
まずは、数学が好きだという気持ちをどれだけ自分の内側に持っているかが大事だと思います。数学の楽しさを生徒たちと分かち合いたいという思いの強さのようなものが授業力を高めるための原動力となるのではないでしょうか。
教員をめざす学生には、現場の先生たちが行う授業を見てもらうようにしています。すばらしい授業をされていると思う先生を実際にお招きして、先生の授業を学生に見てもらう機会を設けています。それを「師範授業」と名づけました。イメージしたのは武道の師範代です。武道の師範のように、その先生の姿を見て学んでもらいたいからです。もちろん私の授業からも学んでもらいますが、生徒たちにどんな言葉を投げかけたら授業の気運が高められるのかなどを教員をめざす学生に感じとってもらえたらと思っています。
――どうしても算数、数学が苦手だ、嫌いだという子もいます。特効薬はありますか?
難しい問いですね。しかし、どのクラスにも必ず苦手、嫌いだという子は存在する可能性があります。特効薬とはいきませんが、まずは、その子がいったいどこでつまずいているのか、何が分かっていないのかを見極めることが大切です。苦手だという生徒の場合、本人もどこがわからないのかを理解していないことが多いものです。それを一緒に探してあげると、つまずきが解消し、理解が進むと思います。
――これからの時代、教員に必要な道具はありますか?
ICTの積極的な活用は重要になると思います。研究のなかで、ある仮説を立てたときに、理論としては成り立ちそうだが、自分で計算するにはたいへんな時間を費やしそうだということがあります。しかし、コンピュータはその計算を瞬時に行ってくれます。研究の進捗度でいえば、今までは電車に乗るスピードだったのが、新幹線に乗るスピードになったくらいの差です。
作図に関していえば、動的幾何学ソフトウェア(Dynamic Geometry Software)など、簡単に作図ができるものもあります。こうしたツールを活用しながら教えることも必要だと思います。他にLaTeX(ラテフ)もぜひ活用してほしいと思います。私は、授業資料や論文を執筆する際にLaTeXを使っています。数学の教員をめざす学生さんにはICTをしっかりと使ってほしいなと思います。
オンライン授業が推進されるなか、授業の運営、管理という視点ではラーニングマネジメントシステムを使えるというのも重要でしょうね。授業運営に関わる事務的作業のスピードが格段に上がります。私も、コロナ禍でオンライン授業をしなくてはならなくなったときに勉強して使い方を身につけました。今後は小学校、中学校、高校でも必要不可欠なツールになると思います。
――理工系出身の学生が教員になるときの強みはありますか。
私の所属する芝浦工業大学は、育成する人材像として「コミュニケーション能力」「問題発見解決能力」「メタナショナル能力」「技術経営能力」の4つの能力を柱にし、各学部が教育活動を行っています。学生はそれぞれに専門分野を持っていますから、教壇に立つときも、数学的知見が世の中にどのように役立っているのかを語ることができると思います。
5月、6月と学生の教育実習の研究授業を視察してきました。ある学校を訪ねたときに学生が担当していたのは統計についての単元でした。実は、その学生の専門分野は情報通信工学だったのですが、統計学は情報通信を学ぶうえでも重要になるんだよということを、自分の研究していることと合わせて生徒たちに話していました。これからは文理を問わずデータサイエンスの知識が必要になりますが、統計学はデータサイエンスにもつながりますから、統計は重要な単元と言えます。それ以上に本学で学ぶ学生が自分の専門の工学の内容を中学校の数学の内容と絡めて説明する態度にうれしく思いました。
これは私自身が大学院のときの師匠からよく言われたことなのですが、自分のやっていることを端的に分かりやすく説明できるようにしておくと良いと思います。しかも、例を挙げて話すこと。師匠は故事成語の「三顧の礼」にならい「三個の例」と話されていました。1つじゃだめだ、3個は例を挙げられるようになれということです。数学と社会とのつながりを理工学の内容とともに具体的に示していけるのは、芝浦工業大学の強みです。
子どもが「わかった」となったときに、生徒と一緒に感動して、喜びを感じられること。子どもたちの気づきと一緒に遊ぶ心を大切にしてもらいたいです。
芝浦工業大学教授
東京都公立高等学校の数学教諭として数校で教壇に立ったのち、筑波大学附属駒場中学・高等学校へ。2011年、同校の数学科主幹教諭に就任。その後、芝浦工業大学工学部教職科目准教授を経て、同大学工学部土木工学科教授、大学院理工学研究科教授。大学で教職をめざす学生の指導を行うほか、高校数学の教科書の編集委員、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)で運営指導委員などを務めている。
※所属・肩書は取材当時のものです。
2000年同志社女子大学卒業。子どもたちの育ちと学びを支援するため、グローバルな視野を育む活動と正しい教育情報の発信に努める一般社団法人Raise共同代表理事。教育ジャーナリストとしても活躍。著書に『データサイエンスが求める新しい数学力』(日本実業出版社)がある。