先生のノート

STEAM教育の現場を語る

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2020年度から1年ごとに実施される新しい学習指導要領。新たに盛り込まれた「主体的・対話的で深い学び」を実践するために、これからの数学教育はどのように変わらなければならないのでしょうか。

今回は、東京女子学園中学校・高等学校でSTEAM教育およびデータサイエンスに携わられている難波 俊樹先生に、教育現場の“いま”と“これから”について話をうかがいました。

想像・創造の力を育む「STEAM教育」の現場

難波 俊樹先生

既習の範囲で、エビデンスベースの発想や“ものの見方”を引き出す

――さっそくですが、まず現在、先生が携わられているSTEAM教育とデータサイエンスについて、どのような教育を実践されているのかお聞かせください。

難波:私が担当するDSDA(Data Science, Design & Arts)の授業では、「既習の範囲のなかで、エビデンスベースの “ものの見方” を育むために何ができるか」を主眼においたアプローチを行っています。
データサイエンスというと統計やデータ分析などをイメージするのが一般的かもしれませんが、そういった専門的な分野に踏み込むのではなく、あくまで “すでにわかっていること” を生かしてさまざまな探究学習に取り組むことで、データによる発想を引き出す授業です。

――具体的にどのようなテーマの探究学習が行われているのですか?

難波:たとえば中学生の授業では、紙飛行機を折って飛ばす大会を行い、滞空時間のデータをもとに「どの飛行機が自分たちのチームの代表にふさわしいか」を考えてもらったり。高校生には、国指定の統計データをもとに地方創生施策の提案を作成する「地方創生☆政策アイデアコンテスト」(主催:内閣府)に参加してもらったりと、“体験” を重視した内容になっています。

ほかにも、PythonやScratchなどの言語を取り上げて、プログラミングの授業も行います。中学生はロボットを思いどおりに動かすこと、高校生は一歩進んでサービスのプロトタイプを作ることに挑戦しています。みなさん楽しんで取り組んでくれており、授業を通して「回転寿司の受け付けロボ」や「擬似彼氏ロボ」などユニークなサービスが誕生しています。

研究授業の根底にあるのは「発想し、くふうすることのおもしろさ」

――先生はどのようなきっかけで、STEAM教育やデータサイエンスの研究を始められたのでしょうか?

難波:もともと自分で何かを発想してくふうしてみることが好きだった、というのが根底にあります。昔はコンピュータのソフトが今のように豊富に売られておらず、自分でプログラムをしない限りコンピュータはただの “箱” だったんです。そこから自分で手を動かしてみる癖がつきました。
ある程度できるようになってくると、今度は学校で「成績のヒストグラムを作りたい」と困っている先生をサポートしたり、時には「自分の成績だけ、なんとかいじれないだろうか」なんて思ったり(笑)。もちろんそんなことはできませんでしたが、「自分でくふうするのっておもしろいな」という思いはずっと持っていましたね。

後に人工知能ブームがきて、機械翻訳への憧れから国語、とくに文法の分野で勉強を重ねて国語教師の道に進むことになりましたが……「1つの計算法や定理を身につければ、さまざまな問いに応用して答えを導ける」そんな数学の明快さや “くふう” が好きな気持ちは変わりません。現在のDSDAの授業を担当する以前から、算数の教材づくりや子ども向けプログラミングワークショップを行うなど、この領域の研究は続けていました。

STEAM教育の現場における、先生の役割とあるべき姿

難波 俊樹先生

成果や正解にとらわれず、“余白”のなかで自由な発想を楽しんでほしい

――DSDAの授業を担当される中で、心がけていることについて教えてください。

難波:まずは、実生活とのつながりや「活用」を意識することです。生徒たちは「これからこの領域で専門的に学びを深めていく」過程にある訳ではないので、数学やプログラミングそのもののおもしろさがなかなか伝わりづらいんです。だからこそ、その使い方や生かし方、魅せ方にフォーカスする必要があるととらえています。
地方創生☆政策アイデアコンテストの例をとっても、単に「データから地方の実態を読み解いてみよう」ではなく、地方創生の提案という実社会・生活とのつながりがあるからこそ、生徒が「真剣に読み解いてグラフを書いてみよう」と取り組んでくれているのではと思います。

もう1つは、「余白」を設けることですね。5教科のようにみなさんの答えが1つの “正解” に収斂するのではなく、期日までに課題を終えてもらえれば、内容やアプローチにはこちらから踏み込まない。そんなオープンエンドな探究学習を設けることで、余白を生かした自由な発想が生まれるのではないでしょうか。
「間違えてはいけない」「先生の求める答えを出さなければ」という枠から自由になり、ある種 “いい加減さ” のようなものを手に入れてもらえる場をつくりたいと思っています。

――あえて余白を設けることで、間違いを恐れずに発想し、発言できる場になるのですね。

難波:おっしゃるとおりです。これが通常の数学の授業であればやり方は変わってくると思いますが、私が受け持つDSDAは「総合の授業」で、成績がつくわけではありません。「何がなんでもできるようにならなければいけない」と成果にとらわれず、どのような能力を身につけてもらえるかを追い求めればよいのです。

興味を持つきっかけさえ見つかれば、生徒は進んで考え、手を動かせる

――体験や発想を重視した授業を展開されるなか、積極的な生徒もいればそうでない生徒もいるかと思います。それぞれの生徒への指導においてくふうされていることはありますか?

難波:興味のある生徒はこちらからアプローチしなくとも考えて手を動かすので、「興味のない生徒にいかに興味を持ってもらうか」にくふうが必要ですよね。
たとえば地方創生☆政策アイデアコンテストでは、どの自治体に提案をするかは生徒に委ねています。そして自治体を決める際に、みなさんに「聖地巡礼」をしてもらうんです。そうすると、アニメや映画、漫画の話になって「大好きな作品の舞台だから、この地域をテーマにしたい」と興味が生まれ、データの調査も進んでいきます。

興味を持つきっかけさえ見つかれば、生徒たちは自分で進んで考えて対話をしますし、実生活とリンクさせてデータを「活用」していくこともできますから。そこにたどり着くまでのサポートをこちらでできればと思っています。「まずはやってみよう」とプッシュする部分と、サポートする部分のさじ加減が重要なのでしょう。

――自分の好きなものや興味のある分野で挑戦できると、「発想してくふうするのが “楽しい!”」 にもつながりやすそうですね。

難波:そうですね。ただ、やはりどうしても興味を持てないという生徒も一定数はいるので、そういった生徒にどう食いついてもらうかは課題として残ります。

――課題を解決するために、現在考えていらっしゃることはありますか?

難波:以前、最先端技術を学ぶ授業も、企業の協力を得て経済学部出身のデータサイエンティストの方にお越しいただいたことがありました。その授業が終わってから、「経済学部志望だから自分に数学は関係ないと思っていたけれど、学び直したい」と先生に相談しに訪れた生徒がいたそうなんです。
この例に限らず、たとえば国語研究の世界で統計が使われていたりと、数学やデータにはさまざまな活用の場面があり、職業という切り口でも多様な道がありますよね。

自分ごととして興味を持ってもらうためには、そういった活用の場面や道すじを示していくことも必要なのかもしれません。
ただ、現状は1人ひとりの生徒に対してどの程度将来の話まで踏み込むべきか、距離感がつかみきれていない点は、これから考えていきたいですね。

「主体的・対話的で深い学び」の実践に向けて

難波 俊樹先生

どのような学びを実践すべきか、先生が“深く”理解する必要がある

――平成29年度に学習指導要領が改訂され、「主体的・対話的で深い学び」の視点から授業を改善していく方針が打ち出されました。STEAM教育やデータサイエンスに携わるお立場から、この方針をどのように受け止めていらっしゃいますか?

難波:STEAM教育でもデータサイエンスでもそうですが、「主体性のない・深くない学び」には意味がないと思っているので、私が携わる領域にも深い関連性のある方針だと受けとめています。こうして学習指導要領に明文化されたことで、授業を変えていくアクションが取りやすくなるだろうと、ポジティブな印象ですね。

――具体的な授業改善につなげる際には「主体的・対話的で深い学び」をどのようにとらえるかが重要になりそうですが……先生はこの学びとはどのようなものだとお考えですか?

難波:意味の受け取り方に迷ったら、反対の言葉を考えるとよいと思います。

たとえば「主体性がない学び」とはどのようなものでしょうか。「授業時間中に先生に言われたから、言われた範囲内でがんばってやる」のでは、主体的とはいえません。おそらく「自主的な学び」にとどまるでしょう。ひっくり返して考えると、指示されていないところでどのような思考や活動が行われるのかが鍵になりそうですね。

では「対話的でない学び」とは何でしょうか。 生徒同士のディスカッションがなく主観的な判断によってしまうことももちろん当てはまるでしょうけれど、それだけではないのではと私は思っています。
たとえば自転車の速度を求める問題で、計算を間違えて「時速200km」という答えが出てしまったときに、「本当にこの答えでいいのかな?」という問いかけがなければ、自転車にはどうがんばっても出せない速度を、そのまま答えとしてしまうでしょう。そう考えると、自分との対話ができるかが大きなポイントになるのではと思うのです。

同じように「浅い学び」とはなにか考えてみると、単に知識をなぞるだけ、使いもしない公式を丸暗記することなどが浮かびます。そこから反対語の意味を探れば、一例ですが「なぜその公式が成り立つのかを理解したうえで、使いこなせる」など、深い学びをイメージできますね。

先生としてもこのように意味を考えていかなければ、単に用語だけを受け取っても、それこそ「浅い」理解になってしまうので注意が必要でしょう。

生徒が“先生の期待”の枠から飛び出す「外向きの教育」へ

――改訂された学習指導要領のもと、「主体的・対話的で深い学び」を実践するために、これからの数学教育はどのように変わっていくとお考えですか?

難波:「内向き」から「外向き」へと変わっていくと思います。

これまでは基本的に、生徒たちを学習指導要領や先生の考えの枠内にきれいに収めていく教育が行われていたような印象を持っています。問題のパターンや解法、公式を覚えて、先生の期待する答えを出そうとする。生徒は先生の顔色をうかがい、先生は「わからない」と絶対に言えない。そんな現場が多かったのではないでしょうか。

ですが、これからは「先生の手のひらから生徒がどう飛び出していくか」「その先でどのように社会課題の解決に貢献できるか」そういった、収束するというよりも発散する方向に向かっていくと思いますし、そう変わる必要があると思っています。

――外向きの教育を実現するために、「先生」はどのようにあるべきだと思われますか?

難波:先生は、自分にやれることだけをやればよいのではないでしょうか。先生が「なんでも知っていて答えを教えてくれる人」という存在になってしまうと、そこで枠ができてしまい、生徒も「先生の期待にこたえること」から抜け出せなくなってしまいますから。
わからないことがあれば「わからないから一緒に考えよう」と言い、生徒が何かを教えてくれたら「ありがとう」と言う。そうやって “枠” を取り払っていけばよいのだと思います。

――さらに具体的に、授業の中での先生のアプローチ方法についてはいかがですか?

難波:授業において、先生は「指導する」のではなく「種まき」をすることが求められると考えています。

たとえば、先ほどお話しした「自分との対話」を生徒ができるようになるには、対話するための言語とパターンを習得する必要がありますね。ここで、先生が普ふだんから授業のなかで「本当にその答えでいいのかな?」「もし〇〇だったら答えはどうなる?」と投げかけていれば、生徒に確認・思考のパターンや言語が次第に移っていくんです。
「つねに自分との対話のなかで考えや答えを出すように」なんて言われても生徒はやりませんが、自分自身で考えて問いかけるような癖づけ、つまり「種まき」をしておけば、家に帰ったあとでもふと自分の中でやりとりをするようになっていくのだと思います。

ただこれは難しい課題です。自分自身も現状はできていないところがほとんどなので、何年かかけて徐々にできるようになっていけばと思っています。

――「外向きの教育」の実践という観点から、ほかにも課題に感じていらっしゃる点はありますか?

難波:最近よく言われる「文理融合」は、喫緊の課題だととらえています。

単なる思いつきではない「枠から飛び出す発想」を生み出すには、現状を踏まえて発想する数学的な力が必要になりますし、データの背景にある文脈を読み取る読解力も必要になります。また現状をふまえた提案を人に伝えて理解を得るためには、言語の力がどうしても必要ですよね。
これは学校の授業だけでなく仕事においても同じで、「文系・理系どちらかの職業につくから、それ以外の領域の知識や能力は必要ない」というわけではありません。

日本がこれからイノベーションを起こしていくためにも、文系・理系の垣根を超えた力を身につけている人を育てていかなければいけないのだと思います。

STEAM教育やデータサイエンスに取り組む方々へ

難波 俊樹先生

生徒の特性に合わせ、自分の手で学びの場をつくりあげて

――貴重なお話をありがとうございました。最後に、これからSTEAM教育やデータサイエンスに取り組まれる学校や先生方に向けて、メッセージをお願いいたします。

難波:「できる限り、自分たちの力でがんばりませんか」とお伝えしたいです。STEAM教育の出張授業やドリルなどさまざまな教材がありますが、できるだけそういったものには頼らずに、担当している生徒たちの特性に合わせたくふうを自分の手で行うことが必要なのではないかと思います。探究では外部との連携が必要になってきますが、その時も丸投げではなく、教員側に主体的な関わりをもってほしいと思います。

自分の手でやることでクオリティが多少落ちてしまうとしても、その試行錯誤が多様なノウハウを蓄積することにもつながりますし、きっと生徒も「先生必死でやっているな」とわかってくれるはず。私も「先生、本当は国語の先生なんだよ」なんて言いながら、これからも自分たちの手でがんばってやっていきたいと思います。


今回は、東京女子学園中学校・高等学校の難波 俊樹先生にSTEAM教育・データサイエンスの現場と、これからの数学教育についてお話しいただきました。

SAMEでは、今後も「新しい数学研究」をテーマにさまざまな記事をお届けしていきます。

<SAME取材班>

※所属・肩書は取材当時のものです。