先生のノート

学習指導要領の改訂から考える、日本型学校教育のこれから

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2020年度から実施されている新しい学習指導要領。それによって、これからの算数・数学教育はどのように変わらなければならないのでしょうか。

今回は、公益財団法人 日本数学検定協会 理事長であり、学習指導要領の改訂にも携わる清水 静海に、改訂された学習指導要領による教育の変化について話を聞いた。

学習指導要領の改訂がもたらす教科指導の変化

日本数学検定協会

今まで以上に思考力、判断力、表現力を養う指導が必要

――さっそくですが、まず理事長がこれまで取り組んでこられた活動や現在についてお聞かせください。

清水:小中高等学校の先生をめざす大学生への授業を担当するなど、算数・数学教育に関わるいろいろな仕事を行ってまいりました。1989年からは学習指導要領改訂にも関わっております。また、公益社団法人日本数学教育学会では理事、会長を務めさせていただき、現在は名誉会長として活動しております。公益財団法人日本数学検定協会でも、創設間もないころから検定の問題作成に関わり、現在は理事長を務めさせていただいております。

私は、大学院生のころから算数教育に興味をもって活動していたので、その研究に半世紀以上を費やしていることになりますね。

――学習指導要領の改訂に関わっておられるとのことですが、今回の学習指導要領の改訂では、とくにどのような点が大きく変わったのでしょうか?

清水:大きく分けて、2つの点が挙げられます。

1つは、資質・能力の明確化です。
新しい学習指導要領では、子どもたちに必要な力を“知識及び技能”、“思考力、判断力、表現力等”、“学びに向かう力、人間性等”の3つの柱で再整理しています。今までの内容は“知識および技能”にかなり重きを置いていましたが、それに加えて“思考力、判断力、表現力等”も養うためにはどう指導していくべきかを分析し、より詳細に書き込みました。

実は、この“思考力、判断力、表現力等”、つまり数学的に物事を考えたり判断したりすることは、学習指導の目標としてかなり前から示されていました。でも世の中からのニーズがそこまで及んでいなかったのです。これからの社会は、人工知能やDX(デジタルトランスフォーメーション)によって新たな仕事がたくさん生まれ、チャレンジしていくための学習力が必要です。環境変化に柔軟に対応して必要なことを学習するためには、義務教育の段階で学び方そのものを身につけないといけない。そのために今回は、答えを求めるだけでなく、自分で問題を発見したりみんなで協力して問題を解決して活用したりする活動を、教えることがらとして明言しました。日本の教育は、「わかる」や「できる」についてはすでに世界トップクラスの水準ですが、問題の発見と解決の過程で「使う」ことについても強調されたのです。これまでに比べ、考えるとか決定するとか説明するとかの能力がより一層重視されているわけですね。

――問題を解く力だけでなく、問題を発見する力と解決過程を振り返って活用する力を身につける指導が強調されるのですね。もう1つについてもお聞かせください。

清水:もう1つは、各教科の目標や内容の構造をそろえたことです。
これまでの学習指導要領は先生側の立場によせて作成されており、各教科の個性を尊重していました。しかしそれは先生の都合であって、子どもたちは各教科で学んだことを自分で結びつけなければいけないんですよね。内容の構造が教科をまたいで整備された今、先生同士が連携し、指導についての共通認識をもつことが強く求められているのです。

これからの算数・数学教育に必要な指導方法

清水 静海先生

価値のある新しいものをゼロから生み出す人材を育てるためには“感性”を養うことが大切

――今回の学習指導要領の改訂によって、学校現場の先生は指導方法をどのように変えていけば良いのでしょうか?

清水:まずは新しい学習指導要領から学習の趣旨や意図をつかみ、算数・数学を通じてどのような子どもたちを育てていくのかを改めて考えましょう。

これからの日本では、価値のある新しいものをゼロから生み出す人材が必要とされます。そのためには、“数学の問題の定式化”ができる子どもを育てることが重要なのではないでしょうか。たとえば、身のまわりの事象について長さを測りたいときに、これが直角三角形の1辺なら求められるかもしれないなと考えたりしますよね。このように、身のまわりの問題を数学的に表現した問題に置き換える活動が重要になってきます。

そこで大切なのが“感性”です。「理屈はわからないけれど、ちょっと考えてみたいな」「どうしてそうなるのだろう」と直感的に思う感覚を大事にしてあげたいですよね。認知的なことだけでなく情意的なことまで含めた授業づくりをしていく必要があると考えています。

――具体的にはどのような授業づくりが必要でしょうか?

清水:たとえば、先生があえて間違えてみることはおもしろいアイディアの1つだと思います。子どもたちは、先生が言うことは正しいと思っているんですよ。そこで、間違いに気づいてもらって、そこから教訓を引き出す。子どもたちは間違いを説明できなくてもよく、「何か変」「おかしくない?」と発言できることが大切です。それによって、おかしい理由を一緒に考えたり、どこがおかしいのかを教えたりできます。

実はこれ、私が中学校3年生のとき、数学の授業で先生が行っていた方法なんです。その先生は授業でよく間違える人で、私はそれを毎回指摘していました。そのやり取りを繰り返すうちに、どこか間違っていないかと期待しながら授業に臨むようになったんです。先生が本当に間違えていたのか、わざと間違えていたのかはわからないですが、「数学の先生がこんなに間違えて大丈夫かな」と不安を感じて、数学の教師になろうと思い、今に至ります。

ですから、あえて間違えることで子どもたちが能動的に授業に取り組むようになるのであれば、良い作戦かもしれませんね。

――一方で、継続していくべき指導を教えてください。

清水:教えるべきことはきちんと教えてほしいと思っています。子ども中心の教育を意識するあまり、「そばで見守るだけ」という控えめな姿勢にはなってほしくないのです。
そのときに大切なのは、やはり“知識および技能”に関する指導ですよね。ただ先ほどお話したとおり、その指導に傾きすぎてもいけない。“思考力、判断力、表現力等”とともに、卒業後に社会人として協力して物事に向き合うための“学びに向かう力、人間性等”も重要です。

とはいえ、「どのように教えたら良いかわからない」と悩んでしまうかもしれません。そんなときは、学習指導要領をしっかりと読み解き、教えることがらの後ろ側で期待されていることは何かを考えながら授業づくりをしていただきたいですね。

これからの日本の教育に起きる変化とは

清水 静海先生

“個別最適な学び”が子どもの可能性を最大限に引き出す

――これからの教育は、どのように変化していくとお考えでしょうか?

清水:「令和の日本型学校教育」の構築について、中央教育審議会で活発に議論が進んでいます。そのなかでもっとも特徴的な議論は、“個別最適な学び”ですね。

年齢で学年を分け、ほぼ統一された授業内容を学習するという今までの教育のあり方を変えていこうという動きがあるのです。高等学校に在籍するごく少数の優秀な人たちは、現在大学で授業を受けることが許されています。それをもっと積極的に啓発するべく、たとえば近くの大学で授業科目などを履修して単位が取れたら、その大学に入学した際に単位として認めたり所属高校の成績に振り替えたりすることが検討されています。

現在の授業のペースで適切に学習できる子どもは今のままで良いかもしれませんが、短い時間で理解してしまう子どもは持て余してしまうし、理解に時間のかかる子どもはあきらめてしまいますよね。やはり年齢で分けて、同じペースで授業を進めるやり方では、子どもたちそれぞれの能力差に応じきれない場合があるのです。個に応じた指導を充実し、子どもがチャレンジ精神を発揮して自律的に学べるしくみを作っていかなければいけないと感じています。

――最近では、データサイエンスやSTEAM教育という言葉をよく耳にするようになりました。そのような「数学を使う」ことに対して、どのようにお考えでしょうか?

清水:カリキュラムや内容の整理については課題がありますが、「何のために」という目的がはっきりしている点では指導しやすいのではないでしょうか。新しい分野へ数学をつなげることは、今までの算数・数学教育の強みが発揮されることにもなると考えています。

ただ、目的を意識したり他分野につながったりすることは数学の一側面に過ぎないと考えています。数学を生み出した人たちの多くは、それがどんなところで役に立つかまで考えていないものです。そのこと自体に興味・関心があったり、別のことを考えていたら派生的に思い付いたりして成立することも多く、そうした知的好奇心や探究心が数学の発展や活用を促してきたことも事実なんです。

「何のためにやるのか」という目的を明確にした学びと、「おもしろいからやる」という知的好奇心や探究心に支えられた学び。その両方を動機づけとして忘れないことが学習指導では大切だと考えています。
さらにいうと、算数・数学を学ぶうえでは、「学ぶことは何かに役立つか」というとらえ方ではなく、「学んだことを自分は役立てられるか」という捉とらえ方をすることが大事なのではないでしょうか。「学ぶことを役立てたい」という気持ちをもちながら算数・数学とつき合っていただきたいなと思っています。


清水理事長、貴重なお話をありがとうございました!

具体的な指導方法やこれからの教育については、学校現場での経験などをもとにさまざまなお話しをいただきました。ぜひ参考にしてみてください。

(SAME取材班)

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※所属・肩書は取材当時のものです。