先生のノート

理数探究での教員の役割とは?生徒の課題解決力を育成するためのアプローチ

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2018年の高等学校学習指導要領改訂により、探究的科目として「理数探究基礎」「理数探究」が新設されました。「課題を解決するために必要な基本的な資質や能力を育成する」ために、現場の先生はどのような学習指導を実践していくべきなのでしょうか。

今回は、スーパーサイエンスハイスクール(以下「SSH」)指定校である愛知県立旭丘高等学校(以下「旭丘高校」)で探究的学びの支援に携わられている田中 紀子先生に、「理数探究」の指導のポイントについて話をうかがいました。

生徒が自ら研究テーマを決めて、“答えのない課題” に取り組む

――さっそくですが、まず先生の専門分野やこれまで取り組んでこられた活動についてお聞かせください。

田中:奈良女子大学理学部数学科を卒業後、大阪大学大学院理学研究科で修士号を取得し、その後教職に就いています。当初は、島根県で3年間教諭を務めていましたが、愛知県では今年が19年めになります。

現勤務先の旭丘高校を含め、3校にわたってSSH事業(※)に携わり、生徒の探究的な学びを支援してきました。その過程で、生徒たちが話し合って探究を深めおもしろいものができあがっていく様を目の当たりにしたことをきっかけに、数学と数学教育にまつわる研究活動も行っております。

(※)将来の国際的な科学技術関係人材を育成するため、先進的な理数教育を実施する高等学校等を「スーパーサイエンスハイスクール」として文部科学省が指定。学習指導要領によらないカリキュラムの開発・実践や課題研究の推進、観察・実験を通じた体験的・問題解決的な学習などを支援している。

――これまで生徒の探究的な学びを支援してこられた先生の視点から、2018年の高等学校学習指導要領改訂によって新設された「理数探究」はどのような科目であるか教えていただけますか。

田中:理数探究とは、生徒が自ら研究テーマを決めて問いを立て、さまざまな研究手法を用いて社会や学術の中にある “答えの用意されていない課題” に取り組むというものです。

高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説理数編には、「様々な事象に対して知的好奇心を持つとともに、教科・科目の枠にとらわれない多角的、複合的な視点で事象を捉え、『数学的な見方・考え方』や『理科の見方・考え方』を豊かな発想で活用したり、組み合わせたりしながら、探究的な学習を行うことを通じて、新たな価値の創造に向けて粘り強く挑戦する力の基礎を培う」ということが書かれてあります。

生徒たちは、先人たちが行った研究の業績をふまえながら、客観的なデータをもとに考察を深めたり新たなアイデアから知見を創り出したりし、成果を他者と共有するという経験をします。活動を通して「課題を解決するために必要な基本的な資質や能力」を育むことができる科目だと思います。

――「理数探究」は、どのような経緯から新設されたのでしょうか。

田中:「理数探究」「理数探究基礎」が新設されたのは、SSH事業でさまざまな成果があげられたことがきっかけだと言われています。

SSH事業では、理数探究と類似する「課題研究」において、生徒による高水準の研究が生み出され、その成果は海外でも価値の高いものとして評価されてきました。日本における理科・数学への興味関心の低さは調査でも明らかになっていますが、それでもおよそ20年にわたってこの事業が継続されているのは、事業を通じて生徒が発信するものに確かな価値が認められ、優れた科学技術人材の育成が着実に進んでいるといえるからでしょう。

そのような成果をふまえ、より多くの学校で探究的な学びが取り入れられるとよいだろうと判断され、高等学校学習指導要領に理数探究が盛り込まれたのだと捉えています。

――理数探究は「STEAM教育」や「文理融合」といったテーマとどのように関わるのでしょうか。

田中:「理数探究」と、クリエイティブな発想で課題解決を行い創造力や思考力を身につけることをめざす「STEAM教育」において、大切にされているものは近しいのではないかと捉えています。どちらも、日本の教育機関や企業が国際的な競争力を高めるために重要な「イノベーション人材の育成」が背景にあるという点で、共通しているのではないでしょうか。

一方、理数という名前がついているだけあって理科・数学に重きを置いて進められる教科ではあるため、「文理融合」とは少し異なるテーマにはなりますが、私が教えている旭丘高校での例を1つご紹介します。

旭丘高校では、理科は物理・化学・生物・地学のすべてを、数学は数Ⅲまでを、全員が学ぶカリキュラムになっており、基本的に文系、理系の区分がありません。そしてSSH事業の課題研究においても、人文科学や社会科学など文系的なテーマも寛容に受け入れているのです。これらのテーマを選択した生徒は、実験ではなくデータ分析や統計的な手法などを使って研究を進めています。

私はこの学校で教諭を務めるなかで、全員が全教科を学んでいることによる知識の豊富さや、ディスカッションにおける考え方の多様さ、さらに自分とは異なる考えや成果を寛容に受け入れる風土などを肌で感じています。
文系、理系の区分のない探究的な学びがより多くの学校に広まって「文理融合」につながるとともに、こうした風土が育まれていくとよいかなと願っています。

理数探究のポイントと教員が果たすべき役割

大切なのは、興味をもって問いを立て、とにかく楽しみながら考えを深めること

――これまで指導に携わってこられたなかで、印象に残っている実践事例や取り組みはありますか?

田中:「フリーズパターン(frieze pattern)」について研究した生徒がいました。フリーズパターンとは、簡単な規則に基づいて作られる数字の並びのことで、生成するためのルールは1通りではありません。

その生徒は、「AとDを掛け合わせたものは、BとCを掛け合わせて1を足したものに等しい(A×D=B×C+1)」という規則をもとに並べられたものに興味をもちました。このフリーズパターンには、「どの割り算においても割り切れ、出現する数がすべて整数となる“整除性”」という性質があることを挙げ、課題研究では整除性を保ったままこのフリーズパターンを一般化することを目的としたのです。
この生徒は、数学が得意であったため、グラフ理論を用いて分析を行い、最終的には科学技術の自由研究コンテストである「高校生科学技術チャレンジ」(主催:朝日新聞社、テレビ朝日)で優秀賞を受賞しました。

――そのように、テーマを定めて研究を進めるにあたって重要なポイントとなるのはどのような点でしょうか。

田中:探究を次のようなステップで進めるなかで、最初の「テーマ設定」部分がもっとも難しいと言われます。

  1. 社会・学術の課題から研究テーマを見つける
  2. リサーチクエスチョンを立てる
  3. 仮説を設ける
  4. 研究手法を学び、研究計画書を作成する
  5. 調査実験を行う(実験、アンケート・インタビュー調査など)
  6. まとめ・考察で答えを導く
  7. 研究論文やポスターの作成を行う

課題やテーマを見つける、つまり「問いを立てる」力というのは、教科書に沿って進めていくような通常の授業では育むことが難しいものですから、このような探究的学びを通じて、身につけることが重要です。
最近では、生徒はスマートフォンを使ってさまざまなことを調べながら、テーマや課題を見つけてきます。私たちが高校生のころとは、方法がずいぶん異なるものだと感じますね。

課題を見つけたら、あとは批判的な視点を持ちながらとにかく考えを深めることがポイントです。自分が興味をもって見つけた課題だからこそ、楽しみながら深く考えていくことができます。

――生徒が課題発見力や思考力を身につけるために、教員が果たすべき役割とはどのようなものだとお考えですか?

田中:教員が果たすべき役割は、「共に考える」ことだと思います。教員が知らないことを生徒がテーマとして選ぶ場合も多くありますが、生徒が重要なことだと思って選んだ課題ですから、そこで興味がなさそうにするのではなく「おもしろそうだね」と一緒に考える姿勢でありたいものです。

また意欲を向上させるためにも、研究を深めるためにも、「指導」するのではなくファシリテーターやカウンセラーとして生徒の研究を「支援」することも大切だと思います。

――なかなか課題を見つけられない生徒がいた場合、教員はどのようにアプローチすべきなのでしょうか。

田中:まずは「どのようなことに興味があるか」を引き出して、参考になる情報を提示できるとよいのではないでしょうか。
たとえば、科学技術振興機構のウェブサイトに記載されている事例コンテンツを紹介したり、生徒が自分で探す手助けとして論文検索サイトなどを紹介したりしてみるのもよいかもしれません。また探究活動を何年か続けている学校であれば、先輩たちの研究事例なども参考になるでしょう。

「これをやりなさい」と言うことは生徒の学びを深めることにはつながらないため、「これをやってみようかな」と思えるようなきっかけづくりを行うことが望ましいと思います。

試行錯誤し失敗した経験が、将来困難にぶつかったときに糧になる

――探究活動の経験やそれを通じて身につけた力は、どのような場面で役立つとお考えですか?

田中:彼らが立ち向かう将来において、必ずどこかで困ったり壁にぶつかったりすると思いますが、それを乗り越えるために「試行錯誤した経験」「失敗した経験」が糧になるのではないかと考えています。

探究活動においては、先生が「これをテーマに研究するとよい」「これをやって、次はこれをやって」などとレールを敷くことはありません。生徒どうしでディスカッションをしながら、苦労してくふうして1つのものを生み出そうとする。そうした経験をいくつももっていることが、将来成長して世の中に出ていったとき、進むべき道が分からなくなってしまった場面で役立つはずです。

――失敗が重なってモチベーションの維持が難しくなってしまった、試行錯誤の中で出口が見えなくなってしまった生徒に対して、田中先生はどのように支援されますか?

田中:理数探究においては、確固とした結論や成果が出ることがベストではないと思っています。「ここまではできた」「ここが課題として残った」と明示できれば、失敗を繰り返して行き着いたところまでの成果や苦労は尊いものです。
ですから「失敗を重ねてもうまく進まなくても、それはまったくネガティブなことではない」と、モチベーションをもたせられるとよいのではないかと思います。

実際に、中間発表の段階ではうまくいかない部分を抱えている生徒が多いものですし、研究のまとめのフェーズでも、到達できたところまでの結論と今後の展望、そして課題をかいてもらうので、思ったような成果が出ないことは、何ら問題がないのです。

生徒の “もっとやりたい” という思いに寛容な現場でありたい

――これから探究的な学びの支援に携わる教員の方々へ、授業実践に向けたアドバイスをお聞かせください。

田中:理数探究を進めるにあたって、課題と仮説を設定し「研究計画書」を作成するフェーズが重要だと考えています。
研究計画書とは、発表までに「立てた仮説に対して、どのような手法を使って、どのような流れで研究を組み立てていくのか」を生徒自身が検討して作成するものです。生徒の興味関心に近い領域を専門とする先生が、計画書に目を通すようなしくみとなっていれば、生徒が研究を深めるためにも、よいのではないでしょうか。

理数探究に初めて取り組む学校の場合、教員としても生徒の探究活動に携わるのが初めてだというケースが多いかと思います。そこでぜひ、理数探究の教科会、担当者会議などを開いていただくことをおすすめします。
授業計画について議論したり、授業のなかでの困りごとについて「どうしたらよいだろうか」と相談したり、ほかの教員の方々がどのように指導されているかを学びあったりすることが、生徒の探究のさらなる深まりにつながるはずです。

――貴重なお話をありがとうございました。最後に、理数探究の実践を通じて生徒や教員、教育現場に対して期待されることをお聞かせください。

田中:まず生徒と教員の方々には、ぜひ探究を楽しんでいただきたいと思います。もちろんたいへんな場面もありますが、生徒にとって探究活動は「教えられる」ことから離れて、自分が見つけてきた課題に自由に取り組める、またとない貴重なチャンスですから。
また教員にとっても、自分の知らなかったテーマや、自分にはない視点と出合う機会といえます。ぜひ生徒がもってきた課題に対して価値を置き、一緒に楽しんだり、悩んだりしてほしいですね。

教育現場に対しては、探究に対して寛容であることを期待したいと思っています。旭丘高校では、課題研究を1日の終わりの6時間めに設け、実験が長くなったり課外調査に行ってそのまま自宅へ帰ったりしても、問題ないようなしくみにしています。
授業時間の枠のなかに無理に収めるのではなく、「もっとやりたい」という生徒の思いを“貴重だ”と感じ、生徒が何も気にせずに学びを深められる環境をつくるために、寛容さを持ち合わせた現場であれたらよいなと思います。


今回は、旭丘高校の田中 紀子先生に、「理数探究」の指導のポイントについてお話しいただきました。

SAMEでは、今後も「新しい数学研究」をテーマにさまざまな記事をお届けしていきます。

田中 紀子
今回お話を伺ったのは…田中 紀子さん

愛知県立旭丘高等学校 教諭
奈良女子大学理学部数学科を卒業後、大阪大学大学院理学研究科で修士号を取得。
その後、島根県の県立高校で3年間教員を務め、愛知県では2022年現在19年め。
愛知県立旭丘高等学校を含め3校にわたってSSH事業に携わり、生徒の探究的学びを支援。自身も数学、数学教育に関わる研究活動を行っている。

<SAME取材班>

※所属・肩書は取材当時のものです。